※えーと、ここの香港ネタ小説の中でよく「粗口」というのがでてきます。
カオルーンとかがたまに「ディウ!」とか口走って社長さんに頭を叩かれていますが、あの意味不明な叫びのことでございます。
「粗口」とはようするに下品な罵り言葉のことなのですが、それについての説明をしようかなあなんて思ってみたりしました・・・。
どうでもいい、という方はどうか読み飛ばして下さいませm(__)m

広東語の粗口その1


 


広東語をとりまく状況

97年の香港返還当時には「普通語が流行し、もうすぐ香港でも普通語が通じるようになる」などといった
無責任な噂がまことしやかに流れたものですが、当然のことながら生活の場では現在もあまり使用されていないようです。
勿論、ホテルや商店、ビジネスの現場においての使用頻度は確かに増加していますし、
観光業界では「普通語話者は5割引きします!」なんていう普及キャンペーンをやったりもしていましたが、
どんなに普通語、普通語と言ってみたところで香港人にとっては広東語が「標準語」でありますし、
今後も香港において普通語が広東語を席捲することはまずありえないと思います。
『大陸からの移民が増加したら普通語ばかりになるんじゃないの』・・・という指摘もありましたが、
移民の大半を占めているのは同じ広東語圏である広東省の人たちだったりしますのてご安心を。

というわけで、ここではそんな彼らの魂の訴え・・・というわけでもない「粗口」について、
知らない方がいいようなことを色々と解説していきたいと思います。
ではまず、香港の言語状況からいきましょう。
第一、香港人といってもその住民の98%以上は広東語を母語とする中国人であり、DNA的に違いがあるわけではありません。
日本でも、大阪人とか東京人とか地域によって区別された呼称がありますが、そんな感じです。

英国割譲後から1973年までは、英語が唯一の公用語でした。
1974年に文化大革命の影響を受けた学生や知識人が、「中文法廷運動」を巻き起こした結果、
「1974年法廷語文条例」により中文も公用語として認められることとなりました。
※ここで言う「中文」とは広東語ではなく書き言葉である、普通語を指しています。

これはいわゆるまともな言語の話なのですが、このページの本題である「粗口」とは一体何かと言いますと、
広東語で「粗口chouhau」と発音し、名詞で「野卑な言葉」と訳されたりしている一種の罵り言葉です。
普通語では「粗言」などと表記され、英語でいうところの「bad language」あるいは「swearwords」ですね。

粗口には軽いものから激烈に相手を侮辱するものまで様々な言い回しがあり、状況に応じて使い分けます。
特に若い人の間で使用され、既存のものを改良したり、また新しく創造されたりもします。
映画や音楽、芸能人の言い回しにヒントを得ることもよくあり、例えば、漫画の『古惑仔』や周星地の映画などから
考え出されることもしばしばというなかなか興味深い言葉でもあります。

しかし、ただ単に「くだけた表現」というものではなく、「粗口」の中には仲の良い友達同士で軽く使用するものもあれば、
発言すると喧嘩になってしまうようなえげつないもの、果ては放送コードに触れるようなものまで品揃えも豊富です。
また、粗口は用いやすく覚えやすく、『1人が10の、10人が100の「粗口」を覚えれば、
ほとんどすべての人が「粗口」を使っている事になる』・・・と、香港人も太鼓判を押しています。
 

状況に応じた粗口の「使い分け」
 

しかし、「粗口」と「粗口ではない言葉」との区別は厳密です。
それに伴い、「使ってよい状況」と「使ってはならない状況」も明確に区別されています。
「使ってはならない状況」においては、その粗口と似た発音をする他の言葉と置き換えて発言しなければなりません。
香港の広東語話者は、これらをちゃんと使い分けています。

例えば、粗口を使ってはならない場合に代用する語として「九gau2」「鬼gwai2」等があります。
これを使って「麻"九"煩」(クソうぜえ!)「激"鬼"死人」(超ムカつく)と言ったりするのです。
これらの語は"粗口そのもの"ではなく、語句の間に挿入し、意味を強調するものです。
※漢字のあとについた英語は発音、数字は声調を表しています。

日本人の広東語学習者の間では、一般的にこの区別に対する認識が曖昧なようです。
香港人の間でも、粗口は「使ってはならない汚い言葉づかい」、「相手に不快感を与えるための言葉」
「自分の不快感を表現するための言葉」という認識が強く、また香港人の広東語話者も、
広東語を母語とする者以外に粗口を教えるのを避けたがる傾向があります。これは特に高学歴層やエリートに顕著であるようです。

正直な話、ここの管理人も香港で「日本語の悪口にはどんなものがあるか教えて」だの、
「"バカヤロ"、"オマンコ"は香港の広東語で言うと"衰人"と"(門構えに西)hai"だね」なーんて言われたりと
散々だった覚えがありますが、まあ何語にしろ、スラングや罵詈雑言なんて積極的に教えたいものではないでしょうから当たり前ですね。

これらの粗口を意味する言葉には主要な使い方が大きく分けて2つある』・・・と、
ある広東語話者は指摘していますが、ここではそれにひとつ足して3つの特徴を挙げたいと思います。

1.ある特定の語、または文脈を強調する役割 
2.ある特定の対象物を形容する役割  
3.相互コミュニケーションの円滑化を担う役割 

1,2については広東語話者の指摘するところです。このふたつの役割は重複することもあります。
たとえば「西hai1」とか「七chat6」はそれです。

しかし、粗口は決して「野卑な言葉」としての機能しか持っていないわけではないのです。
特に親しい間柄で、相互コミュニケーションの円滑化を行う為、
つまり「笑いをとるための手段」として使用される場合があると考えられます。ギャグで言ったりすることもあるわけですね。
ただ、もちろん親しい友達同士の会話で使用するのみであり、会社や学校で口にしたりということはまずありません。

ですから、粗口の「程度」を厳密にレベル分けすることは難しいのです。
なぜなら同じ粗口であっても会話をしているその場の状況に応じて、相手を侮辱する意味として使うこともあれば、
面白おかしくするために使用することもあるからです。
日本語でも、「この馬鹿!」と怒って言うときと、「バッカだなぁ〜お前〜」とふざけて言う時では、
同じ「馬鹿」という言葉でも、ニュアンスが違っていますね。それと同じです。

だからこそ、我々のように広東語を母語としない話者が粗口を上手く使いこなすには、
「ここでこういうことを口にして良いか?」と、その場の状況を判断する洞察力が必要となってくるのではないでしょうか。
といっても所詮粗口は粗口でしかありませんので、親しい間柄ならともかく公の場で口にしたりすることはやはり慎むべき言葉ですし、
テレビやラジオといったメディアではもう禁句扱いで、口にする人などほとんど使いません。(たまに言ってのけるつわものが居ますが・・・)

私らも広東語を習っているとつい、場の雰囲気を読まずに平気な顔して「ディウ!」なーんて言っちゃったりしますし、
香港の紀行文なんかを読んでいるとたまに、「香港で粗口を言ってみたら、『どこでそんな言葉を覚えたの?』って
びっくりされちゃいました」なーんて書いてあったりしてなかなか油断できませんが、
それはあくまでも観光客が言うから笑い事で済まされているわけでして、
通常はよっぽど仲の良い人でない限り露骨に嫌な顔をされるか、苦笑されてしまうのがオチです。
場合によっては人格や社会性を疑われてしまったりとたいして良い事はありません。

では、なぜ広東語話者は粗口を「使ってよい状況」と「使ってはならない状況」と厳密に区別しているのでしょうか?

まず、香港においては、「書き言葉」と「話し言葉」の区別がすでに明確に線引きされており、
香港の広東語話者は、文章を作成する時には書き言葉である「普通語」を使用します。
しかし、会話では「話し言葉」としての広東語を使用しているのです。
つまり、広東語の発音をそのまま書き言葉として表現することは一部を除いてあまりないのです。
新聞や雑誌などのメディアでは、広東語の表記をすることがよくありますが、それは芸能関係や娯楽記事、ゴシップ記事などに限ります。

ただ、以前からしばしば指摘されていることなのですが、香港の言語教育方針自体に問題があるのもまた事実です。
学校教育の場では書き言葉として普通語を教えているのですが、
教材や教授法の不備、または香港政庁による明確な言語政策が実施されなかったために、
書き言葉である普通語と話し言葉である広東語のバイリンガルが完成されてこなかったといわれています。

広東語は書き言葉がなかった古代社会の様相を現代に至るまで継承してきた・・・といえば多少聞こえはいいですが、
香港の広東語話者の間では、「広東語は話し言葉だから、広東語の書き方で文章を書いたら相手に失礼だ」
という認識が少なからずあります。
  
結局、「書き言葉としての広東語」は整備されることがなかったため、
普通語と違って文章を書くための明確な表現方法が明確に定まっておらず、同じ内容の文章を広東語で表現しても、
それぞれで違った文法や漢字(発音の似た当て字を使用することが多い)を使うことになってしまうわけです。

立命館大学の山田人士教授によると、広東語話者は潜在的に「広東語は書き言葉を持たない、劣った言葉」という
偏見を持っているといいます。香港人の中には普通語や他の方言を「田舎者の言語」と言ってのける剛の者も少なくないのですが、
その反面、広東語を使用することに対しての劣等感も少なからず持ち合わせているというのです。

粗口についても同様で、「明確な文法も決まった漢字も無い劣った言語の中でも、最も汚い言葉」という意識が、
これを「使ってよい状況」と「使ってはならない状況」とに厳密に区別させる要因となったのかもしれません。


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